ちょっと前に「ありがとうの反対語は何か?」という話を出しましたが、正解発表です。「正解」っていうのはあんまし正しくなくて、各々がいろんな正解を見つけてくれたらいいんだと思います。なので、解答のひとつってことで。
答えは「当たり前」です。
某氏のことばを引用させていただくと:
自分にとっては「当たり前」のこと、例えば蛇口をひねったら水が出る、お店に行けば食べ物がある、体が痛くなったら病院がある、口やかましい父母がいる…
そういう「当たり前」と思っていることも、「ありがとう」という反対の気持ちに変えてみると、自分の心はもっともっと大きく広がるはず。
…人間は慣れの動物なので、だいたいのことを「あたりまえ」と思えるようにできてて、それは生きてくのに必要な能力なわけで、それをコントロールするのもまたヒトの能力なんだと思います。
自分の言ってることは理解されてあたりまえ。
親なんだから〜してあたりまえ。
子供なんだから〜してあたりまえ。
夫婦なんだから〜してあたりまえ。
男/女なんだから〜してあたりまえ。
…特に「自分に対する相手の行動」を「あたりまえ」と思っちゃいけないと思うんだよね。たとえば「理解されてあたりまえ。なんでわかんないの?」とかいうのは、たとえば自分が自分がほんとに思ってることの80%をことばなどで伝えることができたとして(100%伝える能力なんておそらく誰にもないでしょう)、相手がその80%を聞いて理解したとして(これも聞いたものの100%を理解するなんていうのはムリでしょう)、ってことは結局、伝えたい側と聞いている側が、お互いに理解しようとしてすごくがんばったって最大60%程度しか相互には理解し得ないわけで、そこでお互いが理解しようとしなければ相互理解度なんてものすごく下がるわけだ。
そういうどうにも危うい不確実なコミュニケーションで成り立ってるんだから、相手が自分のことを理解して当然とか、ましてや「何も言わなくても相手が〜して当然」とか、最終的には「生きてて当然」とか、思っちゃいけないんだと思うんだわ。お互いが伝えるよう努力し、相手のことをよく聞いて理解しようと努めて、相手が理解してくれたら「ありがとう」、伝えなくても何か自分のためにしてくれたらますます「ありがとう」なんじゃないでしょか。「ありがとう」の由来は「有り難い」なわけですよ。
まぁほんとに感謝しながら生きるというのはなかなか難しい訳で、日々是精進ですねぇ。ってまぁここに書いたぐらいのことはおそらくあちこちでずっと当然のように言われてることだろうので、えらそうにいうつもりは全くありませんが、自分へのメモですね。今日も自分をとりまく八百万の全てに、感謝。あなたは自分のパートナーに、上司に、部下に、同僚に、親に、子供に、社会に、世界に、感謝できましたか?俺は今の雇用環境とか他にもいろいろ文句あったりして、まだまだ修行が足りねぇ(+o+)。がんばります。
ちなみにこの話の元ネタは、こちら↓のメルマガ。こういうのだけじゃなくて、大変勉強になります。
▽ 発想源
http://www.quizzing.jp/hsg/
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